できないことなんてないと教えて
大人になってから、私はどうもピアノに惹かれるところがある。
とても好きな曲があり、ある日、その曲を弾いてみたいという気持ちだけで、ピアノを習い始めた。
そんな経験があるので、表題作の「ヲトメノイノリ」こと、クラシックの「乙女の祈り」を弾きたいという七十六歳の佃屋の女将の気持ちがよくわかる。
亡き姉との約束のためにおそろしい覚悟で練習し、最後は発表会にも出る。
あらすじだけではしんみりとした話のようでもあるが、これが落語調で書かれているので、それがなんだかいいなと思う。
女将を教えるピアノ教師の女性がまたいい。
才能があり留学までしたのに、とことん練習嫌いで、実家に帰ってきても近所のみんなに「今日も焼き鳥を食べてたよ」と言われてしまうような人だ。
それが女将の挑戦に乗せれて焼き鳥断ちまでするのだ。なんだかみんないじらしく感じる。
子供のころに少しでもピアノを習っていたということもなく、学校の授業で習ったくらいの経験ではまるで歯が立たなそうな楽譜も、いつしかぱっと見でどの音か分かるようになる。
ペダルの踏み方を覚えると、曲ががらりと変わって気持ちが浮き立つ。
まさか発表会なんてと思ったけれど、確かに習っているのだからこそ必要な舞台でもある。
どの短篇集も、自分が知っている気持ちが書かれていて、小さな祈りの存在に気づく。
お茶を淹れながら、散歩しながら、祈りとも思っていないような、けれど大切な祈りを口ずさんでいる。
石田千「ヲトメノイノリ」
(2018、筑摩書房)