
看板娘でも猫でも犬でもなく無口な彼がいい
不思議なタイトルだ。
こんな言葉、聞いたことがない。
言葉を交わさずとも、形作られる人との関係性は多い。
朝、たいてい同じ時間の電車に乗る。乗る車両も決まっている。
だから、言葉を交わしたことはなくても、見知った顔は多い。
よく通う店でも同じことは起こる。
例えば無口な店主で、お客も無口で、交わされるのは商品だけだったとしても、お店をたたむことになったとか、あるいは引っ越しをすることになったとしたら、最後に言葉はきっと交わすだろう。
実は、と切りだして、聞いたほうは、そうですか、と答える。
最後にちょっとサービスをしたくなるかもしれないし、最後にいっぱい買ってしまうかもしれない。
そんな、人とのやりとり。
誰かとの交流が、静かに描かれている。
珈琲と馬鈴薯のお店の彼との交流は、なんてあたたかいのか。
そんなふうにでも、細い糸のようなものでも、それはかけがえのない縁だ。
堀江敏幸「おぱらばん」
(2009、新潮社文庫)