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ひとりで入ったら申し訳ないと思って、入れないお店からすごすご下がる

「タビ」というタイトルだった。

 

友人のお母さんて手製の自分の「足袋」ならぬ草履から、「足袋」をはいたように足先だけ白い黒猫の話へ移り、そうして自身の「旅」に転じる。
その一節に惹かれた。引用するとこうだ。

 

 

「ほんの一駅でも、昼休みのあいだでも、その場からはなれたら旅としている。」

 

 

そうかと思う。何時間もかけて電車に乗って、都内と同じように人込みにもまれる観光地をめぐり、シーズン中で値の張る宿に泊まる。
そんな仰々しさがないと旅と言っては行けないような気がしていたのに、その場からはなれるだけでいいのだとほっとする。

 

 

自分を当てはめてみれば、毎日お昼休みは旅人だ。社会人になってから、自分のデスクでお昼をとったことがない。もはや達人級じゃないか。
実際、職場が変わってまっさきにやることと言えば、居心地のいい場所を探すことだ。ひとけがなく静かなところ。少々遠くても、それは自分に必要な場所だ。

 

 

そんなふうに、作者もよくふらりと出かけているのが、著作を追っていると分かる。
ひとりが気ままでいいやと思わせて、そのひとりの淋しさも感じる。

 

 

油断して開いた頁に、自分の深いところをすくいとったかのような言葉に、胸をひやりとさせられた。
ひとりでしか行かなくなってしまった旅先で、自分もこんなふうに思っている。

 

 

 

 

石田千 「しろい虹」
(2008、KKベストセラーズ)