船に乗ったつもりもないのに漕ぎだしているもの
愛読書と言えるもの以外で読み返すものは少ない。
その中で、はっきりとこれは面白かった覚えている本を読み返した。
やっぱり、かわらず夢中で読んでしまった。
音楽一家に生まれ、私立の音楽高校に通うチェリストの少年が主人公だ。
腕前の方はおちこぼれで、学校も三流。文化祭に向けてのオーケストラ練習もひどいものだ。
音楽高校という特殊な環境の学園生活が描かれていて、読んでいて興味深い。
専門的な会話が普通に出てくるのだが、特に説明されたと思うような記述もなかったはずなのに、違和感なく気持ちよく読めるのがすごい。
また、自分一人で練習した時は弾けたのに、オーケストラで合わせた途端にがたがたになる様子の描かれ方。
他の人といかに呼吸をあわせて弾くことがどれだけ難しいかを痛感していく過程、逆に息が合うとたとえ拙い演奏でもどれだけ素晴らし「音楽」になるのかと喜びに興奮する彼らが眩しい。そう、青春小説だ。
けれど、それだけではないのがこの本だ。
これは、もう中年の域に達した主人公が、高校時代の自分を回想しながら書いている。
過去を振り返り、かつての自分に向かう言葉には不穏が漂う。
音楽に青春をかけたきらりとした日々を描きながら、もう一つ描かれているのは哲学である。
読んでいて、もうこの先を読みたくないと本を置きそうになる作品に、自分はこれしか覚えがない。
一度、本当にやめようかと思った。
なぜか。回想の体で描かれている意味がそこにある。なぜ回想する必要があったのか。
誰しも、過去に自分がしたことについて、大小あるだろうけど傷は抱えているだろう。
だから、本を置きたくなったのだ。
自分の話のようでもあったから。
けれどまた、読後感が気持ちがいいのもこの作品のすごいところではないだろうか。
藤谷治 「船に乗れ! Ⅰ合奏と協奏」
「船に乗れ! Ⅱ独奏」
「船に乗れ! Ⅲ合奏協奏曲」(2011、ポプラ文庫ピュアフル)