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ビルのあちらとこちらで目があった気になっている

初めて都内を訪れたのは、たぶん中学生の時の社会科見学じゃなかっただろうか、と記憶している。
乱立する高層ビルの群れに、思わず上を見上げながら歩いてしまっていたことは強く印象に残っている。
都内暮らしも数年になり、気づけば、いつの間にかそんなこともなくなっていた。

 

今は、ちょうどビルの17階が職場で、大きくとられた窓から都と県の境を流れる川を休憩しながら見たりする。
高層階が勤務場所だと不便が先に立つが、ここから虹が一望できた時は、ちょっと感動した。

 

やれタワーマンションだなんだと、人間というものは、なぜ高い所に行きたがるのだろう。
屋上を開放するのは危険だと、押しなべて立ち入り禁止になり、これでもかと高いフェンスで囲われるようになったのは、いつ頃だったろうか。

 

私はと言えば、小学生の頃に理科の授業か何かで、屋上で試験管でアイスキャンデーを作った記憶がある。
かろうじて、中学生の頃にも一度、屋上にあがった気がする。
今や、ドラマや漫画などで見る病院やら学校やらの屋上のシーンは、ほとんどフィクションに近いのではないだろうか。

 

けれど、これからも屋上のシーンはなくなったりしないに違いない。
なぜか。屋上は魅力的だからだ。

 

上から見下ろすと、いつも住んでいる街が、まるで違ったように見える。
低めのビルの屋上かなんかは、屋上に上っても周りにそびえたつビルのせいで、むしろ視界が効かないところもあるだろう。
それでも、そこに吹く風はいつもと違う。空が近い気がする。
大きく息を吸える気がする。

 

いつも、人に押しつぶされそうになる駅とは違う空気が流れている。
そこで出会う人達は、きっと気が緩んでいる。

 

だから、例えば遠くのビルにいる人と目があったような気がしたら、手を振りたくなってしまうに違いない。
それで振り返してくれる人だったら、嬉しくなってしまうだろう。
たぶん、あっちもにやにやしているんじゃないだろうか。

 

そんな、気持ちの共有がぽ~んと放り投げられるような一体感を、軽妙な筆致と細かい視線で綴った本書。
麦酒片手に屋上の手すりに寄りかかる筆者と、屋上で待ち合わせをするような気持ちだ。
一息つきたくなったら良い場所を教えてあげるよ、と空になった麦酒を振り返してくれる。

 

 

 

石田千 「屋上がえり」
(2011、ちくま文庫)