
ご飯が炊ける匂い、パンが焼ける匂い。どっちも。
このお店の中に入った瞬間の、嬉しかったことといったらない。
そのお店は、新幹線で何時間もかかるところにあるので、そうそう行けなかった。
そのお店はパン屋さんで、8時から開いている日々に密着したパン屋さんだったが、私はゆっくりの時間で訪れるつもりだった。
けれど、前日から行くぞ行くぞと思っていたせいか早く目が覚め、簡単に身支度して出かけた。
大きな川にかかった橋を歩いていると、反対側からたくさんのスーツ姿が歩いてくる。
初めてくる街の、いつもの朝の風景が広がっている。
朝から夏のような日差しで、川沿いに立つのっぽなビルは一面がガラス張りで、空の雲を写すキャンバスになっている。
スーツ姿が歩く一歩で、川べりの遊歩道を散歩しているお年寄りもいる。
この街は川が近くを何本も走っていて、私はどの橋が行くべき道なのかずいぶんと迷ったりもした。
川にも海にも、山にも縁のないところで育った。
大きな川が走っているだけで、都会の真ん中でも、ずいぶんと空が広く見える。
それを初めて発見した気がする。
朝早くから開いているパン屋さんだ、もちろんモーニングもある。
厚切りトーストに、バターとジャムが二種類、卵もつく。
店内に並ぶ色とりどりのパンに目移りしている私をさっさと追い越して、常連さんらしいおじさんが迷いもなくモーニングを注文していく。
いつもの朝の日常に、異邦人が浮足立って混じっている。
それこそ新聞を広げそうなおじさんの横で、私はカメラを取りださずにはいられない。
白い壁一面、窓一面に、施されたペイントに胸が華やぐ。
今日はどうしても行きたくないと思うような朝にこのお店があったら、仕事の強い相棒になる。