
この経験が、のちにあの作品を産み落とす
なんといっても、装丁が可愛らしい。
細かいところまで、とても大切にデザインされている。
本も音楽もデータで買える時代だが、この装丁の可愛らしい本を本棚にさしておける幸福を考えれば、データのなんて味気ないことか。
もちろん、データであることを否定したりするつもりはないが。
装丁の方を調べてみたら、とても活躍されているイラストレーターの方であった。やはり。
装丁だけで手元に置いておきたいと思うものだが、内容も、時々取りだしては読みたい優しさに満ちたエッセイ集であった。
小川洋子氏の作品は、全てとは言わないまでもよくよく読んでいる。
一貫して感じるのは、そこはかとない淋しさと、そして、
懸命に、慎ましく、それでいて自分らしく日々を生きている人々の気配である。
氏がこのエッセイでも語るように、「周縁に身を置く人」たちの息遣いだ。
世の中にはいろいろな人がいる。
世界の中心で世界を回すような生き方をしている人がいる一方で、目立たぬよう謙虚に、しかし丁寧な仕事を全うしている人がいる。
人だけではない。それは、もの言わぬ「物」であっても同じだ。
それを毎日の日々の中で、見つけるのが上手なのが氏だ、と私は思っている。
注がれる視線や、そこに潜む物語を優しく掬い取って行く筆に、私は「大丈夫、ちゃんと見ているよ」と言われている気がしてならない。
エッセイは、もとは働く女性向けの雑誌に連載されていたもので、そのせいか、働く女性達を見つめている内容も多い。
このエッセイが本としてまとめられたのは、私が社会人になった年だった。
そんなふうに見ていてくれるなら、明日も仕事を頑張ってこよう、と思えた。
小川洋子 「カラーひよことコーヒー豆」
(2009、小学館、 装丁・装画:寺田順三)