たまに、胸の奥から凛とした声が、こっちと言う
私はなんでこの街を選んだのか。
治安が良いところ。まずはそれ。
たまたまテレビで目についた街を試しに調べてみると、実家から電車で一本(長いけど)だった。
行ってみた。治安というより、その商店街に惹かれた。わくわくした。
一人暮らしをする場所を探していたあの頃は、仕事が終わっては気になる街に向かって電車に乗っていた。
冗談じゃなく、連日、都内を横断していた。そして、家と仕事場で、都内を縦断していた。
おかげでいろいろな街を見たし、路線にも乗った。
街って面白いもので、駅におりたった瞬間に、ここは自分に合う合わないが分かる。
慣れない物件探しでは、不動産を三店渡り歩いた。一店目ではちょっと怖い思いもした。
先輩に相談すると用心棒についてきてくれた。何事もなかったけれど。
変だなと思ったらすぐ行くから、まずは一人で行ってきなという先輩のおかげで、ちゃんと戦えた。
忘れもしないクリスマスの日だった。
そうだ。初めて、自分もこんな先輩になりたいと思った人だった。
思いだしたら、ちょっと泣けてきた。
三店目で信頼できる担当者さんに会って、今の街に住んでいる。
まさか、住んでいる街に、知り合いの人ができるなんて思ってなかった。
そんな街で生活している自分に驚いている。ずっと実家にいたらこんなこと起きなかったと思う。
なんだか長くなってしまった。
選んだ理由を思いだしていたら、芋ずる式にいろいろなことを思いだしてしまった。
でも、思いだして良かった。それに、実はもっといろいろ思いだしてもいる。
選んだ理由。たくさんあるようで、実はない気もする。
住む場所も仕事も、遡れば学校も、理由はと聞かれたら、一言で言えるぐらいはっきりとした理由がある。
そんな自分に改めて気づいたのは面白いものだ。自分は、常日頃よく迷うほうなのに。
自分なりの基準で、ちゃんと前に進んでいるのかな。
石井ゆかり 「選んだ理由。」
(ミシマ社、2016)