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静かにわたしの話を聞いてくれる

電車に乗ってあたりに目をやると、私は不安になったりする。

 

座席にぎゅうぎゅうに座った人たちが、ずらっと一様に携帯をいじっている姿を見ると。
でも、その中に、おそらくお気に入りだろうカバーをかけた文庫本を静かに開いている人が混じっていると、途端に私はほっとしてしまう。

 

もちろん、私だって携帯をいじることは多いのだけれど、電車では本を読むものだと子供の頃に刷り込まれているからだろうか。

 

帰りの電車ではエッセイを読むことが多い私は、その本が私の話を聞いてくれる。
携帯で誰かに話を聞いてもらうのもいいけれど、ふと開いた本に、今欲しかった言葉が出てきたりするから、本は不思議だ。

 

遠い過去の人が書いた失恋の話に、びっくりするほど今の自分と重なって涙が出てしまったり。
遠い過去の人が書いた母との思い出に、普段は絶対に思いださないような母との記憶を掘り起こされたり。

 

仕事に行っては夜遅くに家に帰ってくるだけの毎日に、自分はいつまで誰もいない部屋に向かって「ただいま」と小さな声で言うんだろう思う日もあるけれど。
それでも自分は一人で生計をたて、自炊して洗濯して、掃除は苦手だからあんまりしないけれど、ちゃんと生きていけてるじゃないか、とちょっと褒めてやりたくなる。

 

この本も、そう言ってくれる。

 

 

益田ミリ 「世界は終わらない」
(幻冬舎文庫 2015)